「僕は死なない」/p.162

優秀な若者達にどんどんお金を流していかないと、社会は破綻しかねないと思いますね。

もしここで今のネズミ講をリセットするなら、全く違う方法を考えなきゃいけないって事です。
ネズミ講にならない仕組みですよね。それで僕が提案しているのは、若いうちに稼いで金持ちになって、そのお金を若いやつらに再投資するモデルなんです。
常に若者が最前線に立てるような仕組み作りをしていくこと。その若者達はある程度稼いだら、もっと若い人達に再投資をしていくことにする。簡単に言うと、小さなリセットを繰り返すみたいな感じなんだけど。
優秀な若者達にどんどんお金を流していかないと、社会は破綻しかねないと思いますね。それしかないだろうって思って。

それと、働く人達と働かない人達とで、階層を分けないといけないと思うんですよ。基本的人権とかそういうものは、誰にでも保証される。でも働かない人は、働く優秀な人に「経済権」っていうものを渡してしまうと言うことです。
だって、優秀なやつが金を稼ぐに決まっている訳だから。優秀な人達ってやっぱり、「伸びしろ」も全然違う。その人達に資源を集中した方が、経済全体が伸びるんですよ。

稼げない人、生産効率の悪い人って言うのは厳然と存在していて、その人達にいくら投資しても、全然伸びない訳です。だから、そう言う人達にはもう投資をしないで、伸びる人、伸びしろの多い人に集中的に投資することにする。
投資された優秀な人達がみんなの分まで稼いで、その稼いだ一部を社会保障に回せばいい。稼ぐ人が稼ぐから、社会は回るはずなんですよ。「働く優秀な人達に、経済を扱う権利を委ねましょう」という考えなんです。

で、要は、階層を分離する。年収三百万円未満で生きている人達と一千万円以上で生きている人達に完全に分けると言うことです。でも、三百万円でも豊かな生活を送れるようにすりゃあいいんです。ただその「豊かさ」っていうのが、今まで持たされてきた「集団幻想」の中の「豊かさ」じゃ駄目なんです価値観を改めないと。誰もが土地付きの一戸建てに住んで、車を持って、なんて言ってるんじゃ駄目なんですよ。

よくありがちな話しで、「売れないミュージシャンやってました。でも、二十代の後半になって、彼女と結婚しなきゃいけなくなって、サラリーマンになりました」って。でも今その売れないミュージシャンは、みんなコンビニでバイト出来るんですよ。生きていけるし、ちゃんと食っていける。なぜなら、吉野家の牛丼は二百八十円で食えるし、マクドナルドのハンバーガーは百円で食えるんだから。そういう「セーフネット」みたいなものが出来てるんですよね。

ずーっとフリーターでいい。四十歳になっても五十歳になっても、売れるまでずーっとバイトでいいんです。それは別に醜い生き方でもなんでもない。これからはそういう生き方も「あり」になってくるはずです。だって、今までそれを「だめ」だって言ってきたのは、価値観でしょう?四十歳になっても五十歳になっても売れないアーティストやってるのは「社会のクズ」だっていう。もうこれからは、そんな風には誰も思わなくなりますから。「そう言う生き方があるのね」ってことです。「別に僕には関係ないよ」って言う人が居ても良いけど、「社会のクズ」だって思わなきゃいい。思う必要ないんだから。
例えば海外旅行なんかも行く必要がないんです。生きたいと思っちゃ駄目って事じゃなくて、そもそも思う必要がどこにあるんだろうって事です。海外旅行行かなきゃなんて、単なる「集団幻想」なんだから。

「一戸建てが欲しい」っちえうのが、まさにその「集団幻想」の最たるものでね。戦前の日本で、東京に住んでた人の住居の八十%は借家だったんですよ。なのに、「誰でも持ち家持って初めて一人前」ぐらいの強迫観念があったでしょう、つい最近まで。

それは国家がね、政府の施策として植え付けたから、その強迫観念というか「集団幻想」を。教育からそれやってますから。小学校からそう言うのを教育していく訳だから、それはすり込まれるよね。僕みたいな変なやつじゃないと、それをおかしいとは思わない訳です。あるいは、おかしいと思っても周りがその考えを押さえつけるんで、「あいつはおかしな事を考えてる。村八分だ」って。僕も村八分にされたからね。

例えば僕は、「なんで学校や教室を掃除しなきゃいけないんだ」と思った訳ですよ。「なんで雑巾がけをしなきゃいけないんだ」と。用務員さんがやればいい仕事でしょう?あるいは掃除業者か。何の意味もないんですよ、雑巾がけに。よく「掃除のやり方を憶えるためだ」って言われたけど、今時ほうきや雑巾で掃除なんかしないよねえ。掃除機とクイックルワイパーでしょう。僕は二十五歳ぐらいまで、クイックルワイパーの存在を知らなかったんです。床は雑巾でふくもんだと思ってましたから。バカにされましたよ。

若者への投資の連鎖みたいなものは
ひらきこもりで語られる投げ銭の連鎖みたいなもので
期待するのむずかしいと思うな

経済権を委ねて社会保障というのは
俺がニートが可哀想なら親に金をやってくれといっているのと一緒でしょうね

  • 300万と1000万で分けてそうほう幸せって言うのは

この前youtubeで見た宮台氏が語っていたよね
ヨーロッパには貴族の幸せと庶民の幸せがあるって